新設:2011-02-08
更新:2017-11-01
逗子市蘆花記念公園の「『自然と人生』蘆花散歩道」には、『自然と人生』」の「湘南雑筆から各月の作品一つを選び、ほぼ冒頭部分を記した立札があり、最後に「相模灘の落日(自然に対する5分時)」の立札を読み終わると、「逗子市郷土資料館」の門に辿り着きます。
以下、各立札に記された各作品を紹介します。
<注>文章は、岩波文庫「自然と人生」から引用されています。
撮影:2011-01-27 および 2011-02-01
霜の朝 (湘南雑筆)
手水鉢の氷厚し。外に出づれば、道側に引あげられたる海藻雪の如く霜を帯び、田越川一面に薄氷をつけたるが、潮の満ち來るに從ひ、氷はぱりぱりと音して裂け、裂けたる片は潮につれて上流に流れゆく。・・・・・・
(一月十六日)
初午(湘南雑筆)
初午の太鼓鼕々たり。梅花は已に六七分、麥は未だ二三寸。
「奉献稲荷大明神」の旗村々に立ちて、子女衣を更めて往來し、
人の振舞酒に酔はざるはなし。
(二月一日)
彼岸(湘南雑筆)
今日は彼岸に入る。梅花歴亂として、麥緑已に莖をなしぬ。
菜花盛となり、椿はぽたりぽたり落ち落ちて地も紅なり。野に出づれば、田の畔は土筆、芹、薺、嫁菜、野蒜、蓬、なんど蔟々として足を容る可き所もなし。・・・・・・
(三月十八日)
花月の夜(湘南雑筆)
戸を明くれば、十六日の月櫻の梢にあり。空色淡くして碧霞み、白雲團々、月に近きは銀の如く光り、遠きは綿の如く和らかなり。・・・・・・
(四月十五日)
暮春の野(湘南雑筆)
青葉茂りて、村々緑に埋れ、蘆暢びて川狭ふなりぬ。
川の上流に立ちて、村の彼方に沈む日を見る。日は已に小坪の山にかかりて、山は青黒き村の梢に絶々の紫を見せたり。・・・・・
(五月十日)
夕山の百合(湘南雑筆)
夕方後山に登る。夕風青茅を戰がして、百合の花の香其處はかとなく漂ひ、丘上にしょんぼり月の影あり。日は大山の右に入りて、・・・・・・
・・・・・・徑を夾む青茅の一色に青黒きに、點々たる百合の花朧夜の星の如く、ほの白う暮れ残りぬ。風そよそよとして、夕山の香袂に満つ。・・・・・
(六月十三日)
夏(湘南雑筆)
・・・・・・今日初めて蜩の聲を後山に聞きぬ。一聲さやかにして銀鈴を振れる如し。白日山に入り、涼は夕と共に生ず。外に出づれば、川に釣る人あり。談笑の聲あり。笛聲あり。花火を揚ぐる子供あり。・・・・・・
(七月十日)
夏去り秋来る(湘南雑筆)
女郎花咲き、柿の實ほのかに黄ばみ、甘藷次第に甘し、つくつくはうしは晝に、松虫鈴虫は夜に、共に秋を語る。粟、稲、蘆穂のさわさわと云う音を聞け。
微雨はらはら降りて止みぬ。是れ今年の夏の季を送るの聲なり。
(八月廿八日)
秋分(湘南雑筆)
・・・・・・彼岸の中日なれば、近在の老幼男女藤澤に鎌倉に寺詣りして歸る者、織るが如し。川邊には鯊を釣る者、多く並べり。
午後の日悠々として、碧潮川に満ち・・・・・・
(九月廿三日)
秋漸く深し(湘南雑筆)
野路行けば、粟の収納の盛りにて、稲の収納もぼつぼつ始まりぬ。
蕎麦雪の如く、甘藷の畑は彌繁りに繁れり。百舌鳴く村に、紅なる黄なる星の如く柿の實の照れるを見よ。・・・・・・
(十月十一日)
月を帯ぶ白菊(湘南雑筆)
墨の如き樹影を浴びて、獨り中庭の夜に立てば、月を帯ぶる白菊ほのかに香りて、花の月と囁やく聲も聞く可き心地す。俯きて、其一枝を折らんとするに、しとゞ露にぬれたり。折れば、月影ほろほろとこぼれぬ。・・・・・・
(十一月十二日)
冬至(湘南雑筆)
今日は冬至なり。霜枯の草を踏みて、野外に立てば、一望寒景蕭絛として、枯蘆風に戰ぐ音、葉もなき川楊に囀づる鶺鴒、水涸し野川の音、皆年の行く行く暮れなむとするを語る。
(十二月廿二日)
相模灘の落日(自然に対する5分時)
・・・・・・日の山に落ちかかりてより、其全く沈み終わるまでの三分時を要す。
初めて日の西に傾くや、富士を初め相豆の連山、煙の如く薄し。日は所謂白日、白光爛々として眩しきに、山も眼を細ふせるにや。
日更に傾くや、富士を初め相豆の連山次第に紫になるなり。
日更に傾くや、富士を初め相豆の連山紫の肌に金煙を帯ぶ。・・・・・・