新設:2011-03-03
更新:2017-11-01
悲恋毬藻の歌
佐佐木岳甫
秘煙千歳阿寒の岳
碧水万年明鏡の洋
悲恋の夷姫古底に投ず
艶麗未だ結ばざるに芬香も乏し
君を想う一念毬藻と生り
愛し尽す慕情玉妝に籠る
晴日身を漂わせて眷影を求め
哀哀たる唱韻湖塘に訴う
荒天枕に沈みて離別を愁しみ
切切たる悲歌隻鴦に啾く
わが恋は 阿寒の湖の水底の
まりもとなりて 永遠に悲しも
嗟是誰か知る純愛の節
唯嘆く俗客の霊裳に戯)むるを
【出所】
愛吟集93頁 新愛吟集75頁
【通釈】
いつの頃のことか、東夷ウタリ酋長の娘ピリカメノコは、一人の若者と恋に落ち、二人は結婚を約束して夜毎の逢瀬をたのしんでいた。父である酋長は、自分の跡を継いでウタリを治めるのにふさわしく更に狩猟にすぐれた屈強な若者を娘の婿にと、密かに決めていた。そのために娘の願いは聞き入れられないばかりか、酋長が決めた男との結婚を強要されたのである。娘は乙女心の一途から、絶望のあまり、遂に阿寒湖に身を投じてしまった。それから間もなくこの湖に真ん丸な水藻が生息するようになったのである。
神秘な煙を遠い昔から噴き続ける阿寒岳。その山に囲まれた阿寒湖もまたいつの世からか青く深い水をたたえ続けている。悲恋の夷姫ピリカは若く美しい身を純血のまま、此の湖底に沈めたのである。湖底に身を投げて自らの命は断ったが愛するひたむきな気持ちから毬藻という姿となって生れかわり、丸い緑色の美しい姿に恋情をこめているのである。
晴れた日の湖面に浮び上がって漂っているのは恋人の姿を捜し求めているようであり、また悲しげに湖の外に向って何事をか語りかけているようでもある。天気の悪い日に湖の底に沈んでいるのは、恋人との離別を悲しんでいるようであり、また、一人かたわれの身となったことを淋しく泣いているようでもある。あゝ、このマリモに此のような悲恋と純情が秘められていることを一体誰が知っているだろうか。今は、此の地を訪れる心ない観光客が、マリモの美しさに魅せられて、持ち去るという無神経ぶりで、嘆かわしい限りである。