新設:2012-10-30
更新:2017-11-01
草 枕
島崎藤村
夕波くらく啼く千鳥 われは千鳥にあらねども
心の羽をうちふりて さみしきかたに飛べるかな
若き心の一筋に なぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて とけて涙となりにけり
心の宿の宮城野よ 乱れて熱き吾身には
日影も薄く草枯れて 荒れたる野こそうれしけれ
ああ孤独の悲痛を 味ひ知れる人ならで
誰にかたらん冬の日の かくもわびしき野のけしき
【通釈】
夕方の暗い波間に飛びたつ千鳥の鳴き声はいかにももの悲しく聞こえる。私は千鳥ではないけれども、心の羽を大きく動かして、はるか遠くの悲しい東北の地まで飛んできたものだ。
若い心があまりにもいちずで、慰めもないままに嘆き悲しむばかりである。胸のなかはまるで氷がかたまり結ばれているようであるが、それがとけて涙のしずくになった。
しかし今の私の心のふるさとは、この仙台の宮城野の地である。さまざまに思い乱れて熱くなったわが身にとっては、日射しも薄く草枯れの荒涼たる宮城野こそこころよいものである。
この孤独な心の悲しみを味わい知る人のほかには、語ることはできない。それほど冬の日のわびしい宮城野の風景である。
【出所】
若菜集 普及版吟詠教本 俳句・俳文・俳諧紀行文・俳諧歌・近代詩篇 100~103頁
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吟者:村島岳登
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