近代詩例示
吟詠詩歌 近代詩例示
秋風の歌
新設:2010-11-11
更新:2017-11-01

秋風の歌
島崎藤村
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲(しらくも)
飛びて行くへも見ゆるかな

道を傳(つと)ふる婆羅門(ばらもん)
西に東に散るごとく
吹き漂蕩(ただよわ)す秋風に
(ひるがえ)り行く木(こ)の葉(は)かな

あゝうらさびし天地(あめつち)
(つぼ)の中(うち)なる秋の日や
落葉と共に飄(ひるがえ)
風の行衞(ゆくえ)を誰か知る
風の行衞(ゆくえ)を誰か知る




しづかにきたる秋風の
      西の海より吹き起り
      舞ひたちさわぐ白雲(しらくも)の
      飛びて行くへも見ゆるかな
      
      道を傳(つと)ふる婆羅門(ばらもん)の
      西に東に散るごとく
      吹き漂蕩(ただよわ)す秋風に
      飄(ひるがえ)り行く木(こ)の葉(は)かな
      
      あゝうらさびし天地(あめつち)の
      壺(つぼ)の中(うち)なる秋の日や
      落葉と共に飄(ひるがえ)る
      風の行衞(ゆくえ)を誰か知る
      風の行衞(ゆくえ)を誰か知る
【出所】
若菜集   普及版吟詠教本 俳句・俳文・俳諧紀行文・俳諧歌・近代詩篇 104~106頁
朗詠集118-120頁
【通釈】
人知れず静かに訪れる秋風が西の海上から吹き起こる。その秋風に舞い立つように白雲が飛んでいくありさまもよく見える。教えの道を伝えるバラモンが東西に散らばるように、漂い動く秋風に木の葉も翻弄されるようだ。
心から寂しいのは天と地の深い窪みのなかで世俗にかかわりのない秋の日である。落ち葉とともにひるがえる秋風の行方は誰も知らないであろう。
【解説】
上に掲載の詩文は、全詩文11連の中の1、6、11連(冒頭、中間、末尾)の抜粋です。
ただし、最後の行は、吟詠上の繰り返しです。

をクリックすると mp3ファイル(659KB)を読込ん後に 再生します
吟じ方は、朗詠集118-120頁収載の吟符に基づいています
吟者:平木岳栄
詩文前に 小さな文字で記された 和歌 について  この欄は2013-09-08新設
和歌 「さびしさはいつともわかぬ山里に 尾花みだれて秋風ぞふく」が

「秋風の歌」初出の「文学界」47号(明治29年(1896)11月発行)から、
 「若菜集」(明治30年(1897)8月29日、春陽堂刊)
 「藤村詩集」(春陽文庫、明治37年(1904)9月、春陽堂刊)
 「藤村詩抄」(岩波文庫、昭和2年(1927)、岩波書店刊)
 「早春」(藤村文庫第三篇、昭和11年(1936)4月28日、新潮社刊)
に至るまで、詩題「秋風の歌」前後に詩題・詩文よりも小さな文字で記されている。

この和歌「さびしさは」について、島崎藤村は「早春」に収載した「秋風の歌」の後で、香川景樹(かがわけいき)の「桂園一枝」から採ったと書き、さらに「秋風の歌」の次に収載した「母を葬るのうた」の前に据えた和歌「うき雲は」も同様に「桂園一枝」から採ったと書いている。

島崎藤村自らの当該記述情報を基に、 長野県の I 先生が(2013-1-29付)ブログで和歌「さびしさは」は香川景樹の作品であると伝えた。そのブログを見た本サイト管理人は、「藤村詩抄」に収載の他作品に添えられた和歌は、誰の作品だろうかと興味を抱き、添えられた和歌8作品を調べてみた。

和歌「さびしさは」は、桂園一枝または桂園一枝拾遺に収載されていない。しかし、藤村は若いときに何らかの方法で、香川景樹の作品の中に和歌「さびしさは」を 見ていたのかもしれないし、何らかの作品を改作したのかもしれない。何れにしても、現時点では通常の人には目に触れにくい「早春」収載の「秋風の歌」以外には何ら断りがないようなので、Web上では、和歌「さびしさは」を島崎藤村の作品として紹介しているサイトがかなり存在する。

なお、木曽馬籠の藤村記念館館長鈴木昭一先生を含む方々から、先にブログを書かれた I 先生を通じ、初出「文学界」および藤村文庫第三篇「早春」など、貴重な情報提供を頂きました。本ページを通して 感謝し御礼申し上げます。

No 詩題 挿入和歌 出所 作者
 1 秋風の歌 さびしさはいつともわかぬ山里に
 尾花みだれて秋かぜぞふく
桂園一枝・桂園一枝拾遺、新編国歌大観に
見当たらない *1
不明
 2 母を葬るのうた うき雲はありともわかぬ大空の
 月のかげよりふるしぐれかな
桂園一枝・桂園一枝拾遺、新編国歌大観に
見当たらない *2
不明
 3 暗香(あんこう)
(合唱一) *4
はるのよはひかりはかりとおもひしを
 しろきやうめのさかりなるらむ
新編国歌大観に見当たらない 不明
 4 蓮花舟(れんげぶね)
(合唱二) *4
しはしはもこほるるつゆははちすはの
 うきはにのみもたまりけるかな
新編国歌大観に見当たらない 不明
 5 葡萄の樹のかげ
(ぶどうのきのかげ)
(合唱三)*4
はるあきにおもひみたれてわきかねつ
 ときにつけつゝうつるこゝろは
拾遺抄巻第十雑下551 作者表記を含め
新編国歌大観第1巻 勅撰集歌集編歌集P105による


拾遺和歌集巻第九雑下509 作者表記を含め
和歌文学大系32 拾遺和歌集明治書院刊P95による
躬恒
*5


紀貫之
 6 高楼(こうろう)
(合唱四)*4
わかれゆくひとををしむとこよひより
 とほきゆめちにわれやまとはむ
玉葉和歌集巻第八旅歌1121 作者表記を含め
新編国歌大観第1 巻勅撰集歌集編歌集P444による *3
貫之
*6
 7 白壁 くれわたるやましたみづのさゞなみに
 かげうちなびくしらぎくのはな
新編国歌大観に見当たらない 不明
 8 相思 色もなきこゝろを人にそめしより
 うつろはんとはおもほへなくに
拾遺和歌集巻第十三恋三842 作者表記を含め
新編国歌大観第1 巻勅撰集歌集編歌集P82による *7
つらゆき
*7
<注>
No.7「白壁」とNo.8「相思」の2作品は、「秋風の歌」初出と同じ「文学界」第47号に掲載されたときは、詩題と区分名の間に和歌が小文字で添えられていた。しかし、「若菜集」と「藤村詩集」では挿入歌を省いて収載され、「藤村詩抄」では両作品とも収載されていない。

*1:「亜槐集」巻第五秋部589に 「さびしさはいつともわかぬ岡野辺もあきは一木の松虫の声」(作者:飛鳥井雅親)がある
   (新編国歌大観第八巻私歌集編Ⅳ歌集P283による)
*2:「桂園一枝」月374に 「浮雲は影もとどめぬ大空の風に残りてふるしぐれかな」(作者:香川景樹)がある
   新編国歌大観第九巻私歌集編Ⅴ歌集P415による)
*3:「高楼」は、藤江英輔作曲「惜別の歌」として親しまれている。サイト「二木紘三のうた物語」の「惜別の歌」を参照されたい。
*4:「合唱一」~「合唱四」は、藤村詩抄を出すときに、新たな区分として設けたようである。
*5:「躬恒」は、「凡河内躬恒」
*6:「貫之」は、「紀貫之」
*7:「相思」の挿入歌は、拾遺和歌集巻第十三恋三842として
   新編国歌大観第1巻勅撰集歌集編歌集P82に収載されている「色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはわがおもはなくに」と
   比べると、第5句がわずかに異なっているが、「つらゆき」の作品として表示した。なお、「つらゆき」は「紀貫之」



藤村文庫第三篇「早春」(昭和11年4月28日、新潮社刊)P45~52を、ヨコ書にして転載


秋風の歌    
さびしさは いつともわかぬ 山里に
 尾花みだれて 秋風ぞ吹
<注>
1連ずつ左から右へ配列
 
しづかにきたる秋風( )
西の海より吹き( )
舞ひたちさわぐ白雲( )
飛びて行へも( )ゆるかな
(ゆふ)(かげ)高く秋は黄の
桐の梢の琴の()
そのおとなひを( )くときは
( )のきたると知られけり
ゆふべ西風( )吹く落ちて
あさ秋の( )の窓に入り
あさ秋風の( )きよせて
ゆふべの( )巣に隠る
ふりさけ見れば青山( )
色はもみぢに( )めかへて
霜葉をかへす秋風( )
空の明鏡(かがみ)にあらはれぬ
(すず)しいかなや西風( )
まづ秋の( )を吹けるとき
さびしいかなや秋風( )
かのもみぢ( )にきたるとき
道を傳ふる()()(もん)
西に東に( )るごとく
吹き(たゞ)(よは)す秋風に
(ひりがへ)り行く()()かな
(あさ)()うちふる(わし)(たか)
(あけ)(くれ)(そら)をゆくごとく
いたくも吹ける( )風の
( )に聲あり力あり
見ればかしこし西風( )
山の( )の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風( )
秋の(もゝ)()を落すとき
人は利剣(つるぎ)(ふる)へども
げにかぞふればかぎりあり( )
舌は(とき)()をのゝしるも
聲はたちまち(ほろ)ぶめり
高くも( )し野も山も
()(ぶき)まどはす秋風よ
世を( )れがれとなすまでは
吹きも()むべきけはひなし
あゝうらさびし天地(あめつち)
(つぼ)(うち)なる秋の日や
落葉と共に(ひるがへ)
風の(ゆく)()を誰か知る
 
右、秋風の歌とした題の次に小さな活字で挿んである和歌は、桂園一枝より採った。以下の母を葬るうたに挿んであるのもまた同じ。近代の歌人景樹の歌風は、尾張美濃からわたしの郷里の地方へかけて、かなり弘く行はれてゐたもので、いろいろな縁故から自分も景樹の歌のしらべには少年時代よりの親しみをもってゐた。
<注>
タテ書文を、そのままヨコ書で表示しています。ただし、反復記号は仮名に置き換えた。

母を葬るのうた      
うき雲は ありともわかぬ 大空の
 月のかげより ふるしぐれかな
<注>
1連ずつ左から右へ配列
   
きみがはかばに
きゞくあり
きみがはかばに
さかきあり
くさはにつゆは
しげくして
おもからずやは
そのしるいし
いつかねむりを
さめいでて
いつかへりこむ
わがはゝよ
紅羅(あから)ひく子も
ますらをも
みなちりひぢと
なるものを
あゝさめたまふ
ことなかれ
あゝかへりくる
ことなかれ
はるははなさき
はなちりて
きみがはかばに
かゝるとも
なつはみだるゝ
ほたるびの
きみがはかばに
とべるとも
あきはさみしき
あきさめの
きみがはかばに
そゝぐとも
ふゆはましろに
ゆきじもの
きみがはかばに
こほるとも
とほきねむりの
ゆめまくら
おそるゝなかれ
わがはゝよ