近代詩例示
吟詠詩歌 近代詩例示
枯野の旅(暮坂峠)
新設:2005-01-01
更新:2017-11-01

暮坂峠を目前に見上げて
暮坂峠を目前に見上げて
撮影:1960-03-12


      ○
    
    乾乾きたる
    落葉のなかに栗の實を
    濕(しめ)りたる
    朽葉(くちば)がしたに橡(とち)の實を
    とりどりに
    拾ふともなく拾ひもちて
    今日の山路を越えて來ぬ
    
    長かりしけふの山路
    樂しかりしけふの山路
    殘りたる紅葉は照りて
    餌に饑うる鷹もぞ啼きし
    
    上野(かみつけ)の草津の湯より
    澤渡(さわたり)の湯に越ゆる路
    名も寂し暮坂峠
    
              (以下、末尾に続く)


枯野の旅(暮坂峠)
若山牧水
乾乾きたる
落葉のなかに栗の實を
(しめ)りたる
朽葉(くちば)がしたに橡(とち)の實を
とりどりに
拾ふともなく拾ひもちて
今日の山路を越えて來ぬ
長かりしけふの山路
樂しかりしけふの山路
殘りたる紅葉は照りて
餌に饑うる鷹もぞ啼きし
上野(かみつけ)の草津の湯より
澤渡(さわたり)の湯に越ゆる路
名も寂し暮坂峠
        (以下、末尾に続く)


左記の詩文は、大正14年(1925)2月
改造社から随筆集『樹木とその葉』として
出版された初版本から転載した

若山牧水著「樹木とその葉」初版本の中表紙
初版本の中表紙
【出所】
随筆集『樹木とその葉』132~137頁より「枯野の旅」
吟詠教本 俳句・俳文・俳諧紀行文・俳諧歌・近代詩篇 114~117頁より「暮坂峠」
【解説】
詩文中の「上野(かみつけ)」のヨミは、律令制下で「上毛野(かみつけの)国」であったのが8世紀に「上野(こうずけ)」2字に改められたが、古いヨミを使ったと思われる。

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吟者:石川岳桂

吟じ方は、平成12年(2000)8月6日 神奈川県本部 指導者講習会で
羽切岳佑先生(講習会開催時 群馬空山岳風会会長・総本部評議員)が指導されたものに基づいている
暮坂峠への道 ~1960年当時の写真を添えて~
若山牧水(1885~1928年)は、1922年(大正11年)秋に利根川の水源を訪ねて 岩村田 小諸 軽井沢 草津 小雨 花敷 暮坂峠 沢渡 四万 中之条 法師 沼田 金精峠 奥日光などを旅した。
その旅日記が、『みなかみ紀行』として1924年(大正13年)に出版され 「枯野の旅」が収められている随筆集『樹木とその葉』は1925年(大正14年)に出版された。

写真は 牧水が没してから32年後の1960年3月12日に 本サイト管理人と早川秀郎君が撮影
(末尾解説参照) 
暮坂峠に立つ牧水像と詩碑「枯野の旅」
暮坂峠に立つ牧水像と詩碑「枯野の旅」
暮坂峠に立つ詩碑「枯野の旅」と野仏
暮坂峠に立つ詩碑「枯野の旅」と野仏
暮坂峠への道1
暮坂峠への道1
暮坂峠近く草津白根方面を望む
暮坂峠近く草津白根方面を望む
暮坂峠の牧水詩碑の背後から
暮坂峠の牧水詩碑の背後から
牧水歌碑1
牧水歌碑1

立枯の
木々しらじらと
立つところ
たまたまにして
きつゝきの飛ぶ

きつゝきの
声のさびしさ
飛び立つと
はしなく啼ける
声のさびしさ


  暮坂峠への道端にあった
  牧水歌碑1
  「みなかみ紀行」より
暮坂峠への道2
暮坂峠への道2
牧水歌碑2
牧水歌碑2
白木なす
枯木が原の
うえにまふ
鷹ひとつ居りて
きつつきは啼く

ましぐらに
まひくだり来て
ものを追ふ
鷹あらはなり
枯木が原に

暮坂峠への道端にあった牧水歌碑2
  「みなかみ紀行」より

「右澤渡温泉、左草津温泉」と
道標に刻まれていた
暮坂峠への道3
暮坂峠への道3
炭俵を編む農婦
炭俵を編む農婦
1960年3月11日早朝東京を発ち 軽井沢・草津を経て 湯の平温泉で泊まった
翌朝 湯の平温泉・松泉閣の熊笹生い茂る裏山を越え 小雨から暮坂峠 大岩に抜ける道に出た
暮坂峠までの道は緩やかな上り坂で 包み込まれるような穏やかさと寂しさが漂っていた
暮坂峠に立つ若山牧水の詩碑「枯野の旅」は静かな感動をもたらし 長い休息をとった 峠から先は山道がしばらく続いた

大岩まで歩いたが疲れたため 下澤渡までバスを利用後 殿界戸まで歩き 再びバスで四万温泉奥の日向見まで行き宿を求めた 翌13日は 赤沢山を通り法師温泉から三国峠を越えようとしたが 赤沢山中で吹雪に遭遇し引き返した

この旅の目的は 廃線が迫っていた草軽電鉄に乗ることと 牧水の跡を辿ることであり 早川秀郎君との二人旅だった
上の掲載写真は 暮坂峠への道すがら早川秀郎君と撮ったもの

  ○
      朝ごとに
      つまみとりて
      いただきつ
      
      ひとつづゝ食ふ
     くれなゐの
      酸ぱき梅干
      
      これ食へば
      水にあたらず
      濃き露に卷かれずといふ
      
      朝ごとの
      ひとつ梅干
      ひとつ梅干
      
        ○
      
      草鞋よ
      お前もいよいよ切れるか
      今日
      昨日
      一昨日(をとつひ)
      これで三日履いて來た
     
      履上手(はきじやうず)の私と
      出來のいゝお前と
      二人して越えて來た
      山川のあとをしのぶに
      捨てられぬおもひもぞする
      なつかしきこれの草鞋よ
      
        ○
      
      枯草に腰をおろして
      取り出す参謀本部
      五萬分の一の地圖
      
      見るかぎり續く枯野に
      ところどころ立てる枯木の
      立枯の楢の木は見ゆ
      
      路は一つ
      間違へる事は無き筈
      磁石さへよき方をさす
      
      地圖をたゝみ煙草をとり出で
      元氣よくマツチ擦るとて
      大きなる欠伸をばしつ
      
        ○
      
      賴み來し
      その酒なしと
      この宿の主人(あるじ)云ふなる
      
      破れたる紙幣とりいで
      お賴み申す隣村まで
      一走り行(い)て買ひ來てよ
      
      その酒の來る待ちがてに
      いまいちど入るよ出湯(いでゆ)に
      壁もなき吹きさらしの湯に
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