按針亭
詩吟への誘い
詩歌の例示
更新 : 2016-11-20
銀河の序    
作 : 松尾芭蕉
吟 :



吟詠教本「俳句・俳文・俳諧紀行文・俳諧歌・近代詩編」76~78頁に収載されたもので、『真蹟懐紙』による、最後の発句「荒海や」は『蕉翁文集』には欠けていると説明されている。


   銀河の序
            松尾芭蕉
 越後の国 出雲崎といふ 処より、
 佐渡が島は 海上十八里とかや。
 谷嶺の 険阻くまなく、東西 三十余里
 波上に 横折れ伏せて、まだ初秋の 薄霧
 立ちもあへず、さすがに 波も高からざれば、
 唯 手のとゞく計になむ 見わたさるる。
 げにや此島は 黄金 あまた湧き出でて、
 世に めでたき島になむ 侍るを、むかし
 今に 到りて、大罪朝敵の人々 遠流の境にして、
 もの憂き 島の名に 立侍れば、冷じき 心地
 せらるるに、
 宵の月 入りかかる比、海の面 いと ほの暗く、
 山の形 雲透に 見えて、波の音 いとゞかなしく
 聞こえ侍る。
 荒海や
   佐渡によこたふ天の河
   佐渡によこたふ天の河

【通釈】
越後の国(新潟県)出雲崎という所から、佐渡が島は海上十八里だという。谷や嶺のけわしいところの隅々まで、東西三十余里の島が波上に横たわり伏していて、まだ初秋の薄霧が立つこともできず、(初秋ゆえ)さすがに波も高くないので、ただ手が届くほどの距離に見渡すことができる。

なるほど、この島は金が多量に湧き出して、実にすばらしい島であるが、昔もまた現在に至っても、重い罪を犯した者や朝敵になった人々が、遠く流罪となる地で、物憂い島の名が有名になったので、寂しい心地がされるのだが、宵の空にかかる月も西に沈むころ、海面はたいそうほの暗く、山の形が闇をすかして見え、波の音がいっそう悲しくきこえてくる。

日本海の荒波を隔てて、流人の島佐渡が島が横たわり、天の川がそのうえにかかっている。七夕の夜ゆえ空の二星も年に一度逢うというが、島に流された人々は、どんなにか故郷を思い、あの星を仰ぐことか。
【出所】
真蹟懐紙・蕉翁文集

吟詠教本 俳句・俳文・俳諧紀行文・俳諧歌・近代詩篇
76~81頁


次の写真は、2011-5-17 按針亭管理人撮影
芭蕉園
芭蕉園
新潟県出雲崎町の北国街道沿い
芭蕉像
松尾芭蕉像
おくのほそ道300年記念として平成元年7月建立
銀河の序碑/天河句碑
天河句碑(銀河の序)
銀河の序碑/天河句碑の文
左写真中央の解説板を拡大


吟詠教本「和歌・今様・俳句・新体詩編」244~245頁に収載されたもので、『蕉翁文集』によったと説明されている。


   銀河の序
            松尾芭蕉
  ゑちごの國出雲崎といふ處より、佐渡が 
 島は海上十八里とかや。谷嶺の嶮岨くまな
 く、東西三十里海上によこおれふせて、
 まだ初秋の薄霧立もあへず、さすがに波も
 たかゝらざれば、唯手のとゞく計になむ見
 わたさるる。げにや此しまはこがねあまた
 わき出て、世にめでたき島になむ侍るを、
 むかし今に至りて、大罪朝敵の人々遠流の
 境にして、物うき島の名に立侍れば、冷じ
 き心ちせらるゝに、宵の月入かゝる比、海
 のおもていとほのくらく、山のかたち雲透
 に見えて、なみの音いとゞかなしく聞え侍
 る。
 (あら海や)
  あら海や佐渡によこたふ天の川
     (佐渡によこたふ天の川)