俳句例示
吟詠詩歌 俳句例示
焚くほどは
新設:2012-01-15
更新:2017-11-01


落葉


          焚くほどは
                   良寛  
        焚くほどは  
            風がもて来る
               落葉かな
            風がもて来る
               落葉かな

【通釈】
私が庵で燃やして煮たきするくらいは、風が吹くたびに運んでくれる落ち葉で十分間に合うことだ。だから私にとっては、この山中での暮らしは物に乏しくとも満ち足りていることよ。 
【出所】
角川ソフィア文庫 松本市壽編 「良寛 旅と人生」 194頁
解 説
良寛が国上山中の乙子神社の草庵に住んでいたころ、長岡藩主牧野忠精が良寛を城下に招きたいと庵まで訪ねたが、良寛は無言のままこの句を示し、誘いを断ったという逸話がある。

良寛は、国上山中の草庵で独り暮らしすることと、乞食をすることが、修行であると考えていたと思われるので、誘いを断るのが当然であったといえる。

小林一茶に「焚くほどは風がくれたる落葉かな」の句があり、良寛は一茶の句を知っていて真似たのではという説もあるようだが、現在は良寛が一茶の句を知らないで、詠んだ句だというのが定説らしい。

この句碑が、国上の「五合庵」、三条の「日吉神社」および弥彦の「法圓寺」 各境内に建っている。
撮影:2011-5-18 および 同5-21
燕市国上 五合庵境内の句碑「焚くほどは」
五合庵(国上山中)
五合庵(国上山中)
句碑「炊くほどは」
句碑「炊くほどは」(五合庵右方向)
句碑「炊くほどは」解説
句碑「炊くほどは」解説立札(左写真中央)
乙子神社社殿(右)と草庵(正面)
乙子神社社殿(右)と草庵(正面)
乙子神社の草庵
乙子神社の草庵
上の立札に次のとおり記されている
    良寛句碑
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             良寛書
この句碑は良寛全集の著者玉木礼吉氏が全集刊行を記念して玉木氏所蔵のものを展大して建碑したものである
三条市元町 日吉神社境内の句碑「焚くほどは」
三条 日吉神社鳥居の奥に良寛句碑
三条 日吉神社 鳥居の奥に 句碑
左写真奥の句碑「落葉(炊くほどに)」
左写真中央奥に建つ「良寛落葉の句碑」
左写真句碑の解説立札
左写真句碑(五合庵傍碑の模刻)の解説



()くほどは
          良寛

 焚くほどは

  (かぜ)がもて()る (おち)()かな

  風がもて来る 落葉かな

良寛落葉の句碑
元町10-22 日吉神社境内
焚くほどは風がもてくる落葉かな
           良寛書

長岡藩主の牧野忠精から長岡城下に良寬さまをお迎えしたいと要請された折に、ご自分の悠々自適の境地をよまれた句碑です。
良寬さま筆跡のこの句碑は、国上山中の五合庵の傍らに建っている碑と同文のもので、市内の小師壮吉が分水町で譲り受け、大切にしていました。
その後、市内の良寛さまを敬慕する人たちの強い要請にこたえ、昭和三十九年(1964)夏、日吉神社境内に建てられたものです。
  平成2年3月24日
 三条市地域住宅計画(ホーフ計画)
        運 営 協 議 会
弥彦村矢作 法圓寺境内の句碑「焚くほどは」
矢作 法圓寺本堂 手前右奥に句碑
矢作 法圓寺本堂 手前右奥に句碑
左写真右手に句碑「たくほどは」
左写真右手に句碑「たくほどは」
左端に句碑「たくほどは」 右端は歌碑
左端に句碑「たくほどは」 右端は歌碑